ブリーディングの歴史 3 集団遺伝学

犬種を作るために知っておくべき「遺伝子プール」という考え方

犬種をブリーディングする、あるいは新しく犬種を開発する、という際に知っておくべくことは星の数ほどあります。その中でもこれまで世界のブリーダーが見落としがちでかつ非常に大事な知識、それは集団遺伝学にある「遺伝子プール」というコンセプトです。

さてはて遺伝子プールがどのように犬のブリーディングと関係するのか?

簡単にいうと、犬種というのは閉ざされた遺伝子プールです。ここで、ドードルスパニエルという仮想の犬種を考えてみましょう。かりにこの犬種が世界に今、オスメスの2頭しかいないと考えてみます。犬を「体」という単位で考えると、ドードルスパニエルの個体集団はこの2頭にすぎないのですが、これを遺伝子単位で見てみます。たとえば、ドードルスパニエルのメス、ハナコは、母方からもらった遺伝子A、遺伝子B、遺伝子C、父方からもらった遺伝子A、遺伝子B、遺伝子C´で成り立っているとします。もう一頭、オスのジロウは母方から遺伝子A、遺伝子 B、遺伝子C、父方からも同じように遺伝子A、遺伝子B、遺伝子Cをもらっているとします。

遺伝子プールというコンセプトで考える場合、この遺伝子たちを一つの容器にいれてしまいます。すると容器には、二つの遺伝子A、二つの遺伝子B、そして一つの遺伝子Cと一つの遺伝子C´が存在することになります。ドードルスパニエルの遺伝子プール、といえば、この遺伝子の集まりを指すことになります。

この2頭を使ってブリーディングする限りは、生まれる子犬たちも遺伝子Aと遺伝子B、そして遺伝子Cもしくは遺伝子C´で成り立つ個体になります。何しろ遺伝子プールにはこの4つの遺伝子しか存在しないのですからね。そして犬種とは、このようにより限られた遺伝子で一つの個体が成り立っていることがしばしばです。だからこそ、みな同じような見かけを、性質をもっているというわけです。

このことを理解するために、ここにもう一つの仮想犬種コッカーポーのジロウを導入することにしてみましょう。そしてドードルスパニエルのハナコとクロスさせます。コッカーポーのジロウの遺伝子構成は母方からもらった遺伝子A*、遺伝子B´、遺伝子C*、父方からもらった遺伝子A*、遺伝子B**、遺伝子C*で成り立っているとします。さて、このクロスで生まれた子犬たちを含めた遺伝子プールはいかに?

ハナコの遺伝子に加えてジロウの遺伝子がくわわるので一気にプール内のバリエーションが増えました。このプールはハナコ由来の遺伝子A、遺伝子B、遺伝子Cの他に、ジロウ由来の遺伝子A*、遺伝子B´、遺伝子B**、遺伝子C*、計7つのバリエーションで成り立ちます。

生物が正常にそして健全に生きるには、遺伝子のバリエーションが多いほどいいと言われています(遺伝子の多様性)。もちろんそれら諸々の遺伝子は身体に有利に働くもの、というのが前提ですが。

なぜバリエーションが必要なのか?それは、たとえば同じ遺伝子構成しか持っていない個体の集まりであれば、皆同じようにしか体が機能しないので、何か病原が入ってきたときに、一気に全員がやられてしまう、というリスクがあります。しかしバリエーションがあれば、いくつかの個体はその病原に対して免疫を作れるという遺伝子を持っているかもしれません。こうして、生き物というのは何億年をもかけて進化を重ねていくことができたのですね。

さて、犬種というのは「遺伝子のバリエーションの豊富さ」ということにある意味、矛盾した動物の集団であることにも気がつきませんでしたか?遺伝子プール内の遺伝子は限られており、外から別の遺伝子バリエーションを持った個体を入れないからです(トイプードルはトイプードル同士で交配させないとトイプードルとはいえませんね)。

多くの犬種が特有の疾病に罹患しやすいというのも、近親交配率の強さ、そして近いもの同士で交配させるために遺伝子のバリエーションが乏しいためなのです。こちらの記事も参考にしてみてください。

犬種をブリーディングする際は、遺伝子の多様性をいかに同じ遺伝子プール内で保つか、を考えなければなりません。すでに限られた遺伝子しかないのですから、それを失わないようにするには、できるだけ近縁での交配を避けなければなりません。そして同じ犬を何度もブリーディングに使わないこと。さもないと、その犬種の遺伝子プールには、その親からの遺伝子で溢れてしまうでしょう。実際にそのような問題は現存するいくつかの犬種の世界で起こっていることです。

文:藤田りか子

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