ブリーディングの歴史 6 ラブラドゥードルに見る戻し交配について

ある特徴を持つ犬種に別の特徴を持つ別犬種のいいところを「コピペ」して新しい犬種を作る試みが犬のブリーディングの世界には存在します。現存する犬種の多くはそんな過程を経てつくられたものがほとんどではないのでしょうか。最近の例であればたとえばラブラドゥードルがそうですね。まだ犬種として世界のケネルクラブのような大きな機関で認められていませんが、それもそのはず、Breed trueと呼ぶには種の固定化がまだ安定していないためです。 

この「コピペ」作業で新ブリードを作る際には「戻し交配」あるいは英語でいうとバッククロス(Back Cross)という手法がよく使われます。この方法は他の家畜の品種や実験マウス、農作物の品種改良などにも使われています。戻し交配とは、まずは異品種同士をかけあわせてF1世代をつくり(F1というのは異品種を掛け合わせた際の最初の世代です)、その後、親あるいは親と同じ種をF1に掛け合わせることをいいます。 

ラブラドゥードルを例にとってみましょう。このミックスが生まれた理由はプードルのような抜け毛の少ない犬種が欲しい、でもラブラドールの明るさが欲しいという多くの飼い主の願いによります。ではどうやってラブラドールの明るさをプードルに取り入れるか、同時にプードルのような見かけを保つか。 

最初のクロス、ラブラドールとプードルを掛け合わせで生まれたF1だけでは完全なプードルに近いルックスはできないことがわかっています。しかし、F1の犬をできるだけ近づけたい方の親犬種にかけあわせます。つまりこの場合プードルの方ですね。つまり親犬種の遺伝子をよりたくさんもらうために親のところに戻ってその組み合わせを行う。これが戻し交配です。 

戻し交配は、一回のみならず何回か行うことがあります。図であらわすとこんなイメージになります。 

参考資料出典: Hindorf H, Omondi CO. 2011. A review of three major fungal diseases of Coffeaarabica L. in the rainforests of Ethiopia and progress in breeding for resistance inKenya. J Adv Res. 2:109–120.

 この図の解説をしましょう。オレンジと紫の品種をミックスさせます。紫にオレンジの品種がもつある特性を取り入れたいと思っているブリーディングです。最初にできたF1世代はオレンジと紫の品種がもつ特性が半々に混ぜ合わさっています。そこに、さらに紫で戻し交配します。するとできあがった戻し交配第一世代(BC1、Backcross1)はオレンジの部分が4分の1となりました。このような子孫の中でもさらに望ましい個体をつかって、もう一度戻し交配をし、これを何回か繰り返していくと、ターゲットとなっているオレンジからの遺伝子を持つけれど、ほとんど紫の品種、という新しい品種ができあがります。 

もちろん実際の交配はこんなに簡単にいくわけではありません。ターゲットとなる遺伝子(ターゲットとなる形質)が必ずしも残されるわけではなく、何頭もの個体を使い何回も交配をかさねた後に望みの遺伝子が手に入る、という偶然に頼るものでもあります。しかし多くの交配を重ねていけば、統計的には決して不可能ではなく、いつの日かそんな個体が登場するというわけです。

バッククロスが今でも盛んに行われているラブラドゥードルの世界をのぞいてみましょう。F1ラブラドゥードルとかF1b、あるいはF2ラブラドゥードルというような表現がみられますが、これ一体どういう意味なのでしょうか。ここまで読んだ皆さんはもうわかりますね?F1個体とは、前述したように両親が純血のラブラドールレトリーバーとプードルから生まれた犬です。

ただしブリーダーの視点からすると、この場合どんなタイプの子がでてくるのかほとんど予想することができません。いわゆるラブラドゥードルのトレードマークであるフリースやウールといったフワリとした巻き毛のコートの子がでてくることもありますが、必ずしもでてくるわけではないのですね。F1であれば、ジャーマン・ワイヤーヘアード・ポインターのような見かけのストレートのワイヤーコートの犬もでてきます。 それは上図でしめしたF1とちょうど同じような状態です。オレンジと紫が半分づつ入っている、つまり、ラブラドールとプードルが半分ずつ入った状態です。

両親から半分づつ遺伝子をもらうものの、どの遺伝子がどのように入るかは、偶然によるというわけです。F1同士を掛け合わせて生まれた世代はF2と呼ばれます。この場合、次に生まれる犬の見かけ、特性についてもっと予想がつきにくくなります。何しろ、F1ですでにランダムに遺伝子が入っているのですから、その世代同士のかけあわせとなると、ランダムさに輪をかけることになります。というわけで、F2世代のラブらドゥードルも、さまざまな見かけの犬になってくるのです。

どうやったらラブラドゥードルという特定の見かけを持つ犬として固定化することができるのか?つまりどのようにBreed trueにしていくか。そこで戻し交配が有用となるわけです。多くの人はプードルが持つ抜け毛のない特性、そして巻き毛を望んでいます。ラブラドールの要素をもちながら、よりプードルに近づける。そのためにF1に純血種のプードルをかけるという戻し交配が行われます。この掛け合わせで生まれた犬たちが、F1bという世代です。オーストラリアン・ラブラドゥードルの場合、この世代、あるいは何回か戻し交配を繰り返したりした後の世代にさらに別犬種をかけながら(その後も、また戻し交配が行われているはずです)、今の姿を作っていきました。とはいえ、ケネルクラブが「犬種」と公認するには、まだまだ世代が必要だと考えられています。

とあるラブラドゥードルのブリーダーは以前筆者にこう話してくれました。

「私の理想とするラブラドゥードルはもちろんオーストラリアン・ラブラドゥードルのスタンダードが指定する見かけとメンタリティです。とはいえ、私のブリーディングはいかに健全で家庭犬として気質の良い子をつくるか、ということが一番のゴールとなっています。だから、スタンダード通りの犬を作るということについては、それほど急いでいません。それはすごく時間がかかるものだし、おそらく100年かけてもいいんじゃないかって思います。ほら、これまでだって既存の犬種が確立するまで何十年という年月を要しているんですからね」 

文:藤田りか子

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