ブリーディングの歴史 7 ブリーディングの前に行うこと

残念なことに、日本ではブリーディングする前に両親犬の健全性チェックを行う、ということがまだ一般的には行われていません。最近はDNAテストをして健全性をチェックした子犬を売ります、というようなビジネスが日本に入ってきているようです。しかし、素人では何をターゲットとしてDNAテストをしているのか、たいていわからないと思うのですね。

病気をもたらす遺伝子というのはいくつもあるわけで、それを全部テストでカバーしているのかどうか、はかなり疑問です。さらにDNAテストではわからない遺伝疾患もあります。たとえば股関節形成不全、肘関節異形成や骨肉腫などです。これは単一ではなく複数の遺伝子の変異が組み合わさるものであり、犬が生まれ育つ環境も大いに影響しています。  

世界一とも言える犬のブリーディング倫理を持つ国スウェーデンでは、スウェーデンケネルクラブがブリーディングをする前に両親の健全性をチェックすることをブリーダーに促しています。犬種によっては、義務にしている場合もあります。これは病気を持って生まれる犬をできるだけ増やさない、という予防対策なのですね。犬が生まれた後ではなく、生まれる前に防衛策を張る。遺伝病を持つ個体をつくらないように、という倫理的な考え方によります。  

たとえばラブラドールレトリーバーやゴールデンレトリーバーなど股関節形成不全、肘関節異形成の好発犬種においては、両親犬はかならずレントゲンでチェックしてから交配をするべし、というルールがスウェーデンケネルクラブで定められています。このルールに従わない場合は、ケネルクラブで犬を血統犬種として登録させてもらうことができません。ブリーダーにすれば、それだけですでに買い手から信用を落とすので好ましいことではありません。よって必ずレントゲンをとるというわけです。  

私も我が家の犬、アシカというラブラドール・レトリーバーでブリーディングすることを計画していました。そこで彼女が一歳になったときに、獣医に行って股関節と肘関節をチェックしてもらいました。マイクロチップの番号と共に撮影されたアシカのレントゲン写真は、クリニックからダイレクトにケネルクラブに送られました。スウェーデン・ケネルクラブには股関節・肘関節の状態をレントゲン写真から診断する専門家がいます。そこで診断した結果はケネルクラブが管轄している血統データベースに記録されるのです。そしてこれはなんと誰もが閲覧できるのですね。だからもしアシカを自分のオス犬のお嫁さんにもらいたいと思った人は、彼女の股関節状態がどうであるか、あらかじめチェックすることができます。もちろん子犬をアシカから買いたい、と思った人も「母犬の股関節はどういう感じなんだろう?」と確かめることができます。 

日本でも股関節・肘関節のレントゲン結果を診断してデータを蓄積している機関があります。しかしレントゲン結果公開は飼い主の任意であるそうです。自分の犬について悪い結果が出たら、ブリーダーへの嫌がらせとして公開する人もいる、とどこかで読みましたが、それはなんとも悲しい状況だと思いました。それより、悪くても良くても全て結果を公開するのを前提にするべきではないのでしょうか。人のプライバシーを守ろうとする気持ちはわかりますが、それではブリーダーのためになっても犬のためにはなりません。 

犬種の繁殖というのは、ブリーダー個人の世界で閉じてはいけないものです。近親交配が進みやすく、その結果遺伝病など多くの弊害が生まれるようになります。個体そのものがもつ「遺伝子」こそがブリーダーにとっての「材料」です。そう、遺伝子プールという概念ですね。より多くの材料にアクセスができることで、健全な犬が生まれやすくなります。だから皆で材料の質やあり場所の情報についてシェアをすべきです。しかし、日本にはそのプラットホームになるべき北欧のケネルクラブのような存在はありません。これは本当に残念としかいいようがありません。  

さて、もし股関節の結果が悪かった場合。そのときは、どうするのか?もちろんブリーディングはあきらめるものです。このようなアンラッキー(不運)はブリーダーをやっていく上ではつきものですね。しかし、これもブリーダー業の一つとして捉えなければなりません。だからこそ、ブリーディングを純粋なビジネスとして行うのはとても難しいのです。スウェーデンのブリーダーはほとんどがホビーブリーダーです。多くは別に職をもっているものです。 

やはりこんなところが機械を扱うことと生物を扱うことの違いです。修理して市場に出せるというものではありません。だから必ず倫理を持つこと。倫理観なしにペットを繁殖していると、そのうち、その犬種はいずれ生命のバイタリティすら失い絶滅していくでしょう。あるいは気質などの難しさが必ずでてくるので、普通の飼い主には扱えず、いずれは保護犬となる運命にさらされます。現実問題として、飼うのが難しい犬種というのはたくさんいます。日本で流行って廃れた犬種がまさにそれなのだと思います。 

タイトルにあるようにブリーディング前にすることはたくさんあります。ブリーディングの歴史 4 何を「スタンダード」にするべきか?でも述べたように、スウェーデンでは両親犬となる気質チェックも行います。これは義務ではなく、ブリーダーの任意でもあります。しかし多くのブリーダーがよりよい気質の犬を子孫として残したいと願っており、義務になってなくとも多くがこのテストでチェックをします。なぜなら、気質のよくない犬を売っても、飼われた先で不幸な目に遭うのは、犬もしかりですが飼い主も同様だからです。怖がりで人に懐かない、あるいは攻撃的な犬を飼うことで、犬ライフを楽しめる人はいません。 

ブリーディングした後ではなく、ブリーディングする前にまずはケアを!ブリーディングの鉄則です。

文:藤田りか子 

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