ブリーディングの歴史 9 飼い主を選ぶ

これからのブリーダーたるもの、ぜひとも飼い主さんを選んでほしいと思っています。これは筆者が住むスウェーデンや他の欧米諸国のいわゆる「シリアス・ブリーダー」であれば当然行っていることです。

飼い主は犬を飼うにあたってどれほど気持ちの準備をしているか?たとえば、仕事で8時間は家を留守にしています、という人はそもそも犬を飼う資格はないですよね。

「でもうちは犬を家に残したまま10時間留守にしても大丈夫」

という人もいるでしょう。そして犬はその間、意外におとなしくしていたかもしれません。しかし、これは人の都合であり、犬の福祉を全く無視した飼い方でもあります。犬は一見おとなしくしていたかもしれませんが、精神的には全く面白くない状態です。スウェーデンの動物保護法には人の監視なしに6時間以上置き去りにしてはいけない、という決まりがあります。

となると、ではスウェーデンの人はどうやって仕事をしながら犬を飼うことができているのか?一部の人は犬を職場につれていきます(全ての職場が犬連れを許すわけではありませんが)。そして都市部に住んでいれば、犬のデイケアセンターに預けます。あるいは近所の方や兄妹、ご両親に仕事中に犬を見てもらう、という人もいます。なので、たとえ仕事で家を留守にするとしても、このようになんらかのバックアッププランを持てる人ではないと犬と暮らすことはできません。そう、日本では残念なことに犬は万人が飼えるもの、と思われていますが、本当は、誰もが飼えるものではないのですね。だからこそブリーダーは慎重に飼い主を選ぶ必要があるのです。

スウェーデンでは犬を飼いたいという人はまずはブリーダーに連絡をします(必ずしも全員がそうするわけではありませんが)。その後ブリーダーが根掘り葉掘り、その人のバックグラウンドや犬の経験などについてインタビューします。もちろん、どの程度の犬経験が必要なのか、は犬種によります。そして犬種によっては初心者でも飼うことができる犬もいます。しかし、そうはいっても「これから犬について学びたい!」という前向きで真剣な人でないと、ブリーダーは納得をしてくれないでしょう。一方で、ブリーダーは、どのように犬の知識を得たらいいか、どのようなトレーニングをすべきか、というようなことも初心者の飼い主に指導してくれるものです。時にはインストラクターを招き、パピーを譲った人を集めてトレーニングミーティングなども行います。

パピーが5週目齢にもなれば、ブリーダーは飼いたいという人の訪問を許します。このときにさらにいろいろ飼い主と話をすることで、どのような人か、どんなタイプの気質のパピーがこの人に向いているか、をチェックしていきます。ブリーダーによりますが、買い手にパピーを選ばせるというケースもあれば、ブリーダーが買い手のためにマッチした子犬を選ぶ、というケースもあります。どちらにするべきなのか、犬種にもよるし、その買い手が何を求めているかにもよります。

犬種を作る、というはっきりとしたゴールを持つブリーダーは子犬を飼い主に売りっぱなしにはしません。ひとつには、もちろん子犬たちにいい犬生を送ってもらいたいという理由があります。そしてもうひとつはブリーディングです。つまり売った子犬たちのどの子かはよい遺伝子マテリアルを備えていて、今後のブリーディングに役に立つかもしれません。

特に犬種の全人口数が少ない場合など、どの犬がどこにいって、どの犬とその後交配して子犬をだしたか、というデータはきちんと把握しておく必要があります。なぜなら人口数が少ないがために、でたらめな交配ができる余裕がその犬種内にないからです。たとえば「うちのご近所にいるから」という理由であるオスを交配相手に選ぶとするでしょう。その犬と母犬はたまたま血縁が近いことも考えられます。すでに少ない犬種であれば、なるべく外から血を持ってきて健全性のアップを図っていかなければなりません。しかし、近縁で交配していれば、ますます血の濃い個体がその犬種内で増えていきます。そのうち、交配すべき相手の犬もいなくなるかもしれません。その時こそ犬種の絶滅宣告ですね。

デンマークにブロホルマーというデンマーク原産の犬種がいます。この犬種は一度絶滅しかかりましたが、その後復興プロジェクトが立ち上げられました。つまりブリーダー達が集まってその犬を「再建築」することにしたのです。そのために、譲った先での犬の管理は徹底していました。飼い主はイヌを譲り受ける前にまず「デンマーク・ブロホルマー協会」と契約書を交わさなければいけません。その契約書によると、飼い主にはブリーダーになる義務が課されていいます。もちろんブリーディングは綿密な計画のもとで。どんな個体を使ってもいいというわけではなく、攻撃性を持っていないか、遺伝性疾患はないか徹底的なテストを受けさせてから。こういうこまごまとした任務を果たすのも、飼い主全員の義務となっていました。そしてもし愛犬がテストにパスしたら、必ずブリーディングに使うべし、というのがその規約です。

どの犬種についても、このような飼い主への義務を課しているわけではありません。前述したようにブロホルマーの場合、復興犬種として再現すべき繁殖に使う個体が限られているからです。とはいえ、ヨーロッパでは犬種の繁殖はしっかりと管理されています。犬種は、そもそも管理が徹底しているからこそ犬種になれる、といってもいいでしょう。だれがその管理を統括するのか?それが犬種クラブや、ケネルクラブになるのです。

文:藤田りか子

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