文:藤田りか子
犬なら撫でさせてくれるもの。そんな風に思っている人がいるかもしれません。が、人と同様、犬にも他人と距離を置きたいと思っている子がいます。そう、全ての犬が社交的とは限りません。人のみならず他の犬も苦手に思う犬もいます。
そのような犬とは知らずに、ズカズカと近寄れば、リードで動きを制限されている故に逃げることもできず「あっちへ行ってよ!」と吠える、あるいは最終手段として「咬む」という行動に及ぶことがあります。この時、責められるのは、その犬の気持ちも知らずに近寄った他の犬でもなくまた人でもなく、吠えたり咬んだりした犬なのです。不公平だとは思いませんか?
みなさんはイエロードッグプロジェクトというものを聞いたことがあるかもしれません。スウェーデンのエヴァ・オリヴァーソンさんが2012年に考案したものです。犬のリードあるいは首に黄色いリボンまたはバンダナをつけておくことで
「私に近づかないでくださいね」
と他の人に合図を送ります。イエロードッグプロジェクトとは、この風習を世間一般に広めようとした運動です。飼い主にとってもこれは非常な安心につながります。近づいてきた人、あるいは他の犬の飼い主に「すみません、側に来ないでいただけますか?」といちいち人に告げる手間が省けます。できるだけネガティブな言葉は他人に言いたくないものですよね。
私が最初に飼った犬は他犬嫌いでした。思春期を過ぎた頃から通りで出会う犬に対して「ガウガウ!」をやり始めました。特に狭い道を通り過ぎる時に、苦労したのを覚えています。何かあったらいけない、とついリードを短く持ってしまいます。中には私の犬の表情を読んで、自分の犬のリードも短く持ち直してくれる人もいるのですが、たまに無頓着な人もいます。そんなとき、私の緊張は犬に簡単に伝わり、より一層ガウガウになってしまうのでした。これではなかなか上手にトレーニングをすすめることができません。かれこれ20年以上前の話ですが、あの頃イエロードッグプロジェクトがあればよかったのになぁと思います。
相手からの距離を必要とするのは、他犬や他人に敏感に反応する犬のみならず、具合の悪い犬についても当てはまります。病み上がりの犬もいるかもしれませんし、怪我をして治療中の犬もいるでしょう。そんな場合もイエローリボンをリードにつけておけば安心ですね。
イェロードッグプロジェクトはスウェーデンでも特に大都市で知られるようになりましたが自国内より世界で与えた影響の方が大きかったと思います。その後アメリカ、アイスランド、南アフリカなどなんと10か国以上もの国で知られるようになり、プロジェクトのウェブサイト(http://gulahund.se/)は現在12か国語に訳されています。
ただしひとつ覚えておきたいのは、イエローリボンがあるからといって、犬の社会化・環境馴化のトレーニングを怠っていいと言うわけではありません。なぜ?それは、怖がっている犬(怖がっているから吠えるのです)というのは、決して幸せな状態にいるわけではないからです。まずは犬のウェルフェアをあげるために飼い主の私たちに何ができるかと考えること。イエローリボンを上手に使いながら環境馴化トレーニングを続けるのが大事です。
イェロードッグプロジェクトの考え方は、ドッグスポーツのルールにも適用されています。それがノーズワークです。ノーズワークは「どんな犬でも参加できるアクティビティ」というキャッチフレーズの元、多くの先進国で人気を博しているドッグスポーツですが、黄色いリボンをつけて競技に参加してもいいという旨が北欧のノーズワークルールに記されています。このおかげで、多くの「他の犬嫌い」の犬たちが安心して競技に参加できるようになりました。これは他のドッグスポーツにはない特徴ともいえるでしょう。