同じタイプの個体を作る上での落とし穴
忠実にスタンダードに沿う、ということには一つの落とし穴があります。ブリーディングの歴史 3 集団遺伝学で記したように、限られた遺伝子プール内での交配ですね。たとえばゴールデンレトリーバーはゴールデンレトリーバーの遺伝子プール内でしか、遺伝子をかき集めることはできません。同じプール内で遺伝子変異も起こることがあります。それが有利に働く遺伝子ならいいですが、不利に働く遺伝子であれば?また近親交配度数も高くなりがちです。
ならば、別の遺伝子プールから個体を持ってくればいいのではないか!と思われるでしょう。たとえばスタンダードプードルの遺伝子プールなどいかがでしょう?
ここで一つ覚えておきたいのは、確かに多様性は作れますが、犬種は作りにくくなります。というのも、犬種は一定の特徴を備えた個体群集団であり、外から遺伝子を引っぱってくることで、その特徴が崩れていくからです。
Breed true(誕生する個体が両親と同じスタンダードを備えている、それが何世代にもわたって続くこと)を実現させるために、犬種の作成の中ではインブリーディングつまり近親交配をかなり強く行ってきた歴史があります。なぜ近親交配なのか?ある特徴を次の世代でも同じように出そうと思えば、血が近い個体同士をかける方が、遺伝子のタイプに混じりがなくなるので、より均一化していきます。いわゆる遺伝子の「ホモ接合」です。その反対はヘテロ結合といいます。
1800年代に書かれたイギリスの犬種歴史本を読んでも、兄弟姉妹同士や親子同士の交配は普通に行われていました。たしかにブリーダーが欲しい!と思う特徴を持つ犬の作成はこのような過度な近親交配で成功を収めているものの、同時にかなりの数の犬が健全性を欠いて生まれてきました。そのような犬たちはおそらく間引きの運命にあったと思われます。
母方、父方から同じ遺伝子をもらうホモ接合は遺伝病の確率も高めます。本来はヘテロ結合によって劣性遺伝による遺伝病などの発生が抑えられています。ちなみに劣性というのは劣った遺伝を意味するのではなく、一方の形質に隠れて現れにくい形質をもつ遺伝様式のことをいいます。逆に現れやすいのが優性遺伝です。
みなさんの中には高校の生物の授業でメンデルのエンドウマメの遺伝を習った方もいるかと思われます。あそこで学んだ知識がまさにここで役に立つのですね。 優性と劣性遺伝のからくりです。エンドウマメの形質、丸かシワにメンデルは着目し、それがどのように遺伝するか調べました。結果、丸は優性遺伝することがわかりました。そしてシワは劣性遺伝。つまり丸とシワをかけあわせると、丸の形質を持つエンドウマメの方がより多く産出されました。
ただし、そこで生み出された丸のエンドウマメがシワにする遺伝子を持っていないというわけではないのです。シワの因子を隠しもっているマメもそこには含まれていますが、それが形質として現れてこないだけです。たとえば丸の遺伝子を母方から、シワの遺伝子を父方からもらうと、形質として表現されるのはマルです。シワは遺伝子としてエンドウマメに含まれているものの、その形質を表現してないだけです。しかし、両方からシワ遺伝子を貰えば(同じ遺伝子が二つ重なるのでホモ接合ともいいます)、初めてシワは形質として表現されます。
さて、犬の遺伝にもどりましょう。病気をもたらす遺伝子は劣性遺伝することが多いのですが、(病気をもたらす遺伝子が優性遺伝することももちろんあります)、劣性がために、優性遺伝をする「健全な遺伝子」と組み合わさると、それが形質としてでてこないことがあります。実はこうして生き物というのは、生きながらえているのですね。しかし、ホモ接合を促すような近親交配が続くと、母方から劣性遺伝する病気の遺伝子、父方からも同じ遺伝子をもらい、劣性遺伝する遺伝子が表現されてしまうことに。つまり病気になる、ということですね。
だからこそ劣性遺伝をする遺伝子を両親からもらう確率が高くなる近親交配は、生き物の世界でたいていの場合、自然と避けられているわけです。人を含め多くの動物がある程度大きくなると、親の元からでていこうとするのも、近親交配を避けるための自然が作ったメカニズムともいえます。
「スタンダード」にできるだけ近づけようとし、統一した形質を持つ子孫を作り出すために近親交配を強く行うことには、このようなジレンマが存在する、ということを覚えていてほしいものです。ブリーディングする上で大切な知識です。スウェーデンのケネルクラブでは犬種のブリーディングにおいて、近交係数は6.25未満にすること、と定めています。6.25とは従兄弟同士の交配です(同じ両親を持つ兄妹同士の交配であれば近交係数は50です)。
ブリーディングの歴史
1.犬種の開発とは? 2.世界の犬種開発 3.集団遺伝学 4.何を「スタンダード」にするべきか? 5.ホモ接合の危うさ 6.ラブラドゥードルに見る戻し交配について 7.ブリーディングの前に行うこと 8.子犬の育つ環境 9.飼い主を選ぶ 10.犬種クラブの役目 11.犬種ができるパターン 12.犬種が絶滅するとき 13.ブリーディングの歴史 総括