母犬と子犬の環境を整えること
スウェーデンのブリーダーはたとえ犬舎に犬を住まわせていても、母犬のお腹が大きくなると家の中に連れ入れ、そこで出産、子育てをしてもらいます。こうすることで、常に母犬と子犬は人の監視下に置かれ、十分にケアしてあげることができるからです。
子犬の誕生から3週目になるまでは、ベッドルームで母犬と子犬を過ごさせる人が多いです。その際は、部屋のドアを閉めて、母犬にストレスをかけないようにします。これまでは訪問者に対してそれほど気に留めなかったものの、子犬が生まれるとメス犬は神経質になりがちです。だからこそ邪魔をされずプライベートを保てる部屋が必要となります。もちろん飼い主は部屋に入って子犬と母犬の様子をちょくちょく見に行かなければなりません。ただし、生後3日をすぎる頃では、そろそろ母犬も子犬から離れて運動をしたがります。1日に何回か外にだし、新鮮な空気に触れてリフレッシュしてもらいます。
スウェーデンのブリーダー宅にて。生後1週目の子犬とその母犬。子犬が3週目になるまではブリーダーはここで寝起きして、犬の様子をチェック。また母犬にストレスをかけないようこの部屋は人の行き来がはげしい玄関から離れたところに位置している。Photo by Rikako Fujita
このような細やかなケアができるのは、商業ブリーディングと家庭でのブリーディングとの大きな差でもあります。ペットショップの犬たちは、商業的なブリーダーからきていることが多く、そのような場所では母犬も子犬たちもゆったりとは過ごせません。ブリーディングシリーズ4の「何をスタンダードにすべきか」(ウェブリンクを入れる)で、両親の気質をチェックして正しく「遺伝子マテリアル」を揃えることが大事だと述べましたが、子犬と母犬の環境を整えることも安定した気質の犬を作り上げるために同じぐらい重要な事項です。遺伝と環境、この二つが揃って初めて気質の良さが保たれます。もちろん、いくら遺伝子を選んだとしても、環境を整えたとしても、怖がりの個体が生まれることもあります。しかしお膳立てをきちんとしておくことで、その可能性をできるだけ抑えることができます。
日本にたまに帰ってきてびっくりするのは、スウェーデンに比べてビビり気質の犬、あるいは無気力な犬、逆に興奮しやすい犬、がとても多いことです。それはもしかして社会化のトレーニングをあまり受けていないこともあるかもしれませんが、もう一つ、日本ではほとんどの人がペットショップで犬を購入するためではないかとも思っています。つまり後天性のビビリですね。もちろん元野犬の保護犬であったりすれば、これは先天性と後天性の両方であるのは確実でしょう。野犬は大事な社会化期に人の存在に暴露されていないし、人の手を経験していないはずです。また気質選択の末にブリーディングされたわけでもありません。
ペットショップ出身の犬の臆病さ、問題行動については、欧米から報告がいくつか出されています。アメリカのベスト・フレンズ・アニマル協会のFranklin D. McMillanは、これまで調査された7つの研究を元にレビュー論文を発表しています。大規模な商業的ブリーディングで生まれペットショップで売られる犬は、ホビー・ブリーダーの元など家庭環境で生まれ育った犬に比べ、問題行動や精神的不安定さを著しく発達させやすいということです。知らない人、子供、他の犬、周りの環境をひどく怖がるのは商業的ブリーディング出身の犬にありがちな特質とも述べています。
彼が言ういわゆる「商業的ブリーディングにおける環境」とは、大量の犬が限られたスペース(法律が定めるギリギリのスペース)で飼養されていたり、繁殖犬は、集団かあるいは独りで、ほとんどの犬生をケージか囲いの中で過ごす、というような状況です。囲いの中にはおもちゃやエンリッチメントもない状態です。これはホビーブリーダーの環境と比べると天と地獄の差ほどあります。家庭的なブリーダーの元にいれば、子犬は大事な社会化期(3〜12週)をゆったりと過ごせるだけではなく、すでにその頃から家庭の雑音を育ちます。だからいざ、新しい家庭にいっても「こんな音、聞いたことがない!」とビビる必要がないのですね。
パピーが住むサークルの中にはたくさんのエンリッチメント!子犬の脳の発達にとても大事なこと Photo by Rikako Fujita
みなさんが今後ブリーディングに興味があるというのであれば、ぜひ家庭的な環境で実行してほしいと思っています。これについての科学的エビデンスはこちら尾形聡子著 「社会化期初期:環境強い犬になるための、はじめの一歩」を参照にしてみてください。
一概にホビーブリーダーとはいえ、その質はピンからキリまであります。どのようなホビーブリーダーが子犬にとって理想的なのか、こちらの記事「ブリーダー宅での生活環境の違いが与える、子犬の気質への影響」も科学的考察として参考にされるといいでしょう
ブリーディングの歴史
1.犬種の開発とは? 2.世界の犬種開発 3.集団遺伝学 4.何を「スタンダード」にするべきか? 5.ホモ接合の危うさ 6.ラブラドゥードルに見る戻し交配について 7.ブリーディングの前に行うこと 8.子犬の育つ環境 9.飼い主を選ぶ 10.犬種クラブの役目 11.犬種ができるパターン 12.犬種が絶滅するとき 13.ブリーディングの歴史 総括